グロウアップ



「彼氏は元気?」
といわれて私は間を置いて元気。と答えた。
彼氏という言葉がどうしても藤代と結びつかないからだ。
世間的にいえばもちろん藤代は彼氏だけど、どうにもこうにもその言葉が似合わない。
それなのに藤代は私を平気で俺の、などと言いのけるのだ。
私は別に普通だと思っているけど藤代曰く「数少ない」女友達の一人は綺麗に茶色に染められたストレートの髪を揺らして、そう、とだけ答えた。
ゆっくりとティファニーのネックレスも揺れる。
もちろん彼女は藤代がどうゆう人間か知っているが彼女の中では藤代誠二という男は「日本代表の9番」ではなく「小島有希の彼氏」という風に認識されている。
そんなところが私は好きだった。

彼女とは高校で知り合った。サッカーなどまるで興味の無い彼女は私とは何も共通点が無さそうだったが、2年生になってから三日たった教室で先に声をかけたのは彼女だった。
たわいも無い会話が始まりだった。
消しゴム貸してとかそんな類の。
その頃、すでに藤代と「そうゆう」関係だった私の話を一番聞いていたのは彼女で多分サッカー以外の藤代を知っている数少ない人間だと思う。
もともと私は愚痴をこぼすタイプでもないし、藤代に不満などなかったし、そもそも喧嘩だって数えるほどしかしたことが無いのだ、いままでに、なので私の話、というのは特におもしろくないただののろけ話だった。
ただでさえあの頃は高校生だったのだ、今なら耳を塞ぎたくなるような恥ずかしいような出来事が沢山あった。
それでも彼女は私の話を熱心に聞いた。
藤代君、と私の「彼氏」をそう呼び、当時は実際に会ったことがなかったので写真を見て「知性があるひと」だと言った。
知性、だなんて藤代に全く似合う言葉ではない、と私は笑ったが、彼女は「でも、きっと彼は賢いでしょう?」と言った。
確かに藤代は賢かった。


彼女は短大を出て、小さな出版社で編集の仕事をしている。
整えられてペールピンクのエナメルで飾られた指でパソコンのキーを叩いている。
「次はなに飲む?」
彼女のキャデラックマルガリータはもうすぐなくなりそうだった。
私のジンバックも底が見えていた。
私が彼女に会うときはいつもこの店だ。良心的な価格のダイニング。
高校生の時、ファミレスに通っていた頃に比べれば良心的だとはとてもいえないけど、耳障りにならない音楽、ボリュームのある料理は好きだった。
「次は・・・ディタにしようかな。ディタモーニ」
「私はラムコークにしよ」


愛想のよい店員が運んできたグラスでもういちど乾杯したあと、彼女はあのね、と切り出した。
「うん」
「結婚することにした」
「まじで」
「うん」
私の行儀悪い返答にも彼女はきっちりと笑った。
その時私は強烈に自分が大人になったことに気づいた。
24歳。
彼女も私も藤代ももう十分に大人だ。少なくともそうでないといけないのだと唐突に悟った。
「おめでとう」
一抹の切なさを胸の中で押し殺して私は笑顔を作った。





「もしもし?」
「・・・・・・・・」
「・・・・小島?」
「・・・・・・・・」
「小島?」
「・・・うん」
「どうした?」
恋人は今日は友達と飲むのだと言っていた。珍しく女友達と。
そういったら珍しくない!と抗議されるだろうだろうけど。
電話が鳴ったのは俺は自宅で雑誌を広げながらコーラを飲んでいた時だった。 「事故った?」
「違う」
「飲んでたんじゃないの?」
「うん」
「なあ、どうしたの」
「・・・・・・・・」
返答がない。
「今どこ?」
小島は駅の名前を挙げた。
車で10分の距離。
「今行くよ」
車のキーを手にマンションを出た。アルコールを飲む前でよかった。

駅のロータリーのベンチで座っている小島を見つける。
「小島?」
俺の声で顔を上げても小島は声を出さない。
「酔ってんの?」
掌を小島の額に当てる。熱はない。
「なんかやなことあった?」
まだ小島は答えない。
重症だな、俺は心の中で言ってから小島に手を伸ばす。
「小島は明日練習?」
横に首を振る小島を抱き上げようとしたら殴られた。
「酔ってるんじゃないから歩けます」
「・・・さいですか」
「大丈夫です」
強烈なパンチを繰り出したものの小島は俺の指を離さない。
「俺も明日オフだから今日はうちに泊まれよ、な?」
俺のお姫様は今度は首を縦に小さく振った。


家に着くなり泣き出した小島は超絶かわいかった。(本当に)
なんていってるのか分からないほど涙する小島はかなり久しぶりでちょっとびっくりした。
普段、小島はほっといてもらいたがる。
それなのにわざわざ電話をよこしたのは一人で居たくなかったからだ。
間違いなく。
俺は、けっこう嬉しかった。






結婚祝いにはプラダのキーリングをペアで贈る事にした。






















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うちの藤代はほんと小島に甘いですね。

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