夜が降りると男がやってくる。 コンコンコン。 丁寧に三回。窓をノックする音。 カーテンを開けると藤代がにっこりと笑っていた。月明かりの逆光の中でも藤代の笑顔は良く分かる。 藤代はいつも日付が変わる直前、私が部屋の電気を落とした頃にやってくる。 2階の私の部屋の窓まで藤代は器用にやってくる。音を立てず、素早く。 窓は道に面してない場所でないものの、見つかれば通報ものだ。 そもそも真っ暗とはいえ、私の部屋に突然知らない男がいたら家族が驚くだろう。加えて怒鳴られるのは目に見えている。 それでも藤代は「今夜行くよ」とメールだけ寄越して窓を叩くのだ。 私の返事など待たない。というより、それはもうすでに藤代の中で決定であって私の意志など多分彼にとって必要ない。 それに私も拒否すればいいのだ。家にいなければいい。窓を開けなければいい。電気はもう点いていないのだからそのまま眠ってしまえばいい。 でも律儀なノックが聞こえたら、私はカーテンをあけて、鍵を開けてしまう。 「おみやげ」 と、コンビニの袋を差し出してきた。 爽が二つ。 窓を乗り越えて、靴を脱いでカーペットの床に慎重に藤代が降りる。大きな音がしたら終わりだ。 だからあまり会話しない。 したとしても、ささやく程度だ。 藤代はいつも長く滞在しない。時間にして約10分。 寮を抜け出して、ここまでやってくるのだから当然といっては当然だ。 バニラアイスの甘い匂いが藤代がふたを開けたアイスのカップから漂う。 月明かりしか頼りになるものがない中、鼻は敏感に反応する。 なめる。 木のへらですくったアイスを藤代が寄越した。私も口をあけた。 なめる。 一つ残ったアイスは机の上に置いたままだ。 二人で一つのアイスを食べ終えた後、藤代は何の躊躇もなく私の唇を塞いだ。 会話が出来ない代わりに口付ける。 舌先を伸ばす。 なめる。 噛む。 でもそれだけだいつも。 言葉を失うだけで短い逢瀬は終わる。 それが終わると藤代は身軽に窓を乗り越えて、夜に消える。 何度も何度もただ口づけだけを繰り返した末、また夜に消える。 でもその行為はけして形式ばったものでも、順序良く行われていくものでもない。 私の髪を梳いているだけのときもひたすらに抱きしめているだけのときもある。 でも最後の最後、窓際で唇を合わせた時、いつも名残惜しそうに私を見て藤代が笑うので私はそれで突然の訪問をまた許してしまうのだ。 だからもう一度さよならのかわりにキスをちょうだい。 |