「クリスマスに戻ります」
と簡潔な葉書を一枚よこしたのが最後で、それはとても彼女らしいなと思った。
小島がアメリカに旅立って3年目。高校時代に一度渡米したので今回は2回目。学生ではなくプロとして彼女は海の向こうで生活をしている。


まもなく藤代は25歳になる。プロとしてのキャリアは7年目になり、海外リーグにいたり、オリンピックやワールドカップに出たりしていたらあっという間だった。
「なーにが『出たりしたら』だ」
ヴァーカ、と見事なVの発音で三上は藤代の額を人差し指で弾いた。叩かなかったのは向かい合わせに座っているので単純に届かなかったのだ。
会えばぶっ叩かれる、という恒例行事。こっちのキャリアは7年プラス中高合わせての6年。年季が入りまくっている。
「お前の頭の中はどうなってるんだ、何年たっても同じ音しかしねーぞ」
藤代は額をさすりながらスプマンテを飲んだ。口当たりが滑らかで美味しい。
間違いなく高級の部類に入るリストランテで藤代と三上は食事をとっていた。都内の一等地でキラキラと輝く店内は圧倒的にカップルが多い。
三上は入口のギャルソンが藤代の連れが男だと気づいた時の彼の表情を忘れない。
「だいたい何が悲しくて男と二人でこんな豪勢なディナーを・・・・」
三上ははあ、と盛大な溜息をつきながらカルパッチョを口に運んだ。
「俺だってヤですよ。クリスマスイヴになんで三上先輩なんかと・・・あ、でもココのアンティパストはマジはずれがないんでそんな不味そうに食わないでくれます?」
「俺はお前の口からアンティパストって言葉が出たことに驚きだよ。お前の料理用語なんてせいぜいフライドポテトが関の山だろ」
「あ、そんなこと言ってますけどね、俺プロんなってから結構いろいろ行ってるんですからね、付き合いもあるけど」
三上が想像していたより丁寧にフォークとナイフを使って前菜を食べながら藤代は有名店の名前を次々と挙げていった。
「でもお前、吉野屋のCM出てんじゃん。それに俺と飯食う時は、十中八九、居酒屋じゃねーか」
「それはたまにそうゆうジャンクなもの食いたくなるじゃないですか、それにこうゆうとこだと先輩の経済状況も気になるし・・・」
「あーそーですね、一般人ですいませんね!」
年齢こそ一つ上なのだが、それ以外は全敗しているんじゃないかと三上は思った。しかし今日はオゴリということらしいのでとことんタカってやる、と決めてきたのだ。
「てゆうかそもそもなんでここなんだ」
「あれ?言いませんでしたっけ?」
「きいてねえよ、昨日いきなり電話かけてきて『先輩、明日暇ですよね、暇じゃないわけないですよね、だって彼女いないですもんね』て言って会社まで今日、拉致りに来ただけじゃねーか」
「だって他に今日空いてそうな人が思いつかなくて。タクは彼女いるし、藤村は京都だし、椎名も家族でパーティーだし、鳴海は結婚しちゃったし・・・」
「ヒマで悪かったな!」
「本当は小島と来ようと思ってて。久しぶりだし、クリスマスだし。でクリスマスに日本に帰ってくるっていうからてっきり今日帰ってくるかと思って空港まで迎えに行ったらその足で来ようとしてたんですけど、一昨日になって24日じゃなくて25日だよって・・・」
「お前の確認ミスじゃねーか」
「ふつークリスマスって言ったらイヴじゃないですか?」
「でも小島はクリスマスってちゃんといってるじゃねーか」
「あ、先輩まで小島とおんなじこと言ってる」
「そりゃあお前より小島の味方になるに決まってるだろ」
「・・・もうとっくに振られてんのに」
「おい、ちょっと黙れ」
メインに手をつけ始めた藤代は本当に黙った。
三上も自分の分を食べ始める。
「・・・でも俺は久しぶりに先輩に会えて良かったすよ」
「そーかい」
「年末ってせわしなくて、ここ何年か落ち着かなくてやだったんですけど、小島もいないし」
「お前ってわりと下半身で生きてるよな、爽やかさウリにしといて」
「そうじゃない男がいたらお目にかかりたいですけど・・・じゃなくて人がいい話しようとしてるのに」
「で、なに?」
「やっぱ落ち着きますよ、先輩は。気を使わなくてもいいし。付き合いの長さがものをいうのかなあ」
「使えよ、気。俺は先輩だろーが」
「いやそうなんですけどね」
三上はグラスを傾けた。
高いだけあって赤ワインが美味い。さっきソムリエが何年物はどーだとか細かく詳しく味を説明してくれたがとうに忘れた。要は美味しいか不味いかだ。
「なんていうか原点?初心?」
「意味がわかんねえよ」
「三上先輩はなんだかんだ言って真っ直ぐな人だから俺を引き戻してくれるんですよ、ちょっと道を外れそうになったら」
「何だお前、引退でも考えてんの?」
「違いますよ、まだ次のワールドカップばりばり狙ってますよ。・・・新年は新たな気持ちで迎えたいじゃないですか。そゆことです」
「・・・わっかんねーけど。このワイン美味いからもう一本頼んでいい?」
「・・・どーぞ。クリスマスですから」
諦めたように顔を伏せて藤代が告げると喜々として三上は右手を上げた。

「あ、美味い」
「でしょ。ティラミスは必ず頼むんです」
三上はあまり甘いものは口にしない。出されたものは食べる、程度だ。自分から買ったりは、まずしない。
「俺でも食えるし」
「あー甘いもの苦手な人でも結構食えると思いますよ」
「・・・小島」
「はい?」
「明日帰ってくんの?」
「あーはい。夕方5時に成田に着くって」
「迎えにいってやんの?」
「行きますよ」
「そうか」
「? 行きたいんですか?つうか小島に会いたいんですか?」
「いや、そーじゃねーけど」
「けどなんなんすか?」
「ただ、今どんな顔してんのかな、とか思った」
藤代は思わず噴き出した。
「グラッパ強すぎました?酔ってますね」
声に出してひとしきり笑った後、藤代は顔を引き締めて綺麗ですよ。と言った。明日会うのは半年振りだ。
「・・・そっか」
「あげないですよ」
ハハっと短く笑って三上はエスプレッソをすすった。
「とっくに振られてるっていったのはお前じゃん」
小島に告げたことは一度もない。まだ誰もが若く幼かったころの思い出だ。美しく清くピッチを走る彼女に焦れたのは自分も藤代も同じだった。 遠い日々の記憶でも今でも鮮明に蘇る。
「でもあげませんよ、三上先輩でも。先輩が俺の原点なら小島は俺の良心です」
「良心ね」
「俺からサッカーをとっても小島をとってもダメになります」
「きっと小島もそうだろ」
「ですかね」
「そうじゃなきゃお前の所に帰ってこないよ」
三上はカップを綺麗に飲み干した。



「小島!!」
人ごみに紛れていた小島を見つけ出した。
空港はただでさえ込み合う場所だ。小さく手を振って赤いスーツケースを引きずりながら小島が藤代に向かって歩いてきた。両手を伸ばしたら小島も同じように抱きついてきたので藤代は気を良くした。
「おかえり」
「ただいま」
小島が笑いながら胸の中で言った。
「アメリカの匂いがする」
「なにそれ」
「なんだろ、オレンジ?フルーツっぽい」
「シャンプーかな?」
「髪伸びたね」
「そうだね、ちょっと伸びた」
黒い長い髪を小島はつまんで見せた。
「三上先輩が」
「三上さん?」
「ホントは来たかったみたいなんだけど、仕事でさ」
「そうなんだ」
「それに年末に思い出に浸るとロクなことにならないからやめとくって」
「なにそれ?」
「なんだろうね」
持つよ、と言って藤代は小島のスーツケースを手に取った。
「ありがと」
「腹減ってる?」
「うん」
「OK、予約一杯だったけど無理矢理、席とってもらったんだ」
今日はクリスマスだ。久しぶりにはしゃいでも許される。
これからのプランを一人で勝手に決めて小島の左手をぎゅっと握った。







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