恐々と手が重ねられた。半分が好奇心の知らないもの正体のわからないものに触れるようなそんなやり方で。
近づかないで、でも、離れないで。そんな感じ。
距離を測る。小島が逃げ出さない距離を測る。右肩に彼女の体温を感じながら、左手をとった。予想通り、びくりと震えた。
「接吻ていう詩、知ってる?」
ソファから頭を起こして小島の顔を覗き込む。すると視線がそらされた。
「知らない」
乱暴に返事をする小島の神経が左手に集中しているのがわかる。
「手なら尊敬」
綺麗に整えられた爪にはラインストーンで装飾が施してあり、ピンクと白のエナメルで彩られていた。その手の甲にそっとキスをする。震える。
そのまま、眉の下で切りそろえられた彼女の前髪をかきあげる。
今度はそこに唇を落とす。
「額なら友情」
小島は動かない。熱い息づかいだけが聞こえる。
「頬なら厚意」
薄いピンクのチークに唇を寄せる。
「嫌なら言って。すぐにやめるから」
今度は両手を小島の頬に当てて、こちらを向かせてしっかりと見つめる。さすがに小島もそらせないのか、目が合う。
「俺は小島を困らせたいけど、泣かせたいわけじゃない。それに無理矢理は趣味じゃないしね」
そう言って口をゆるやかにふさぐ。小島のつやつやとしたリップグロスをなめとる。人工的なイチゴの味がする。
「唇なら愛情」
小島が解放されて大きく息を吸う。
「・・・まだあるの?その詩」
「あるよ」
「ふうん」
「聞きたい?」
口角を上げながら尋ねたら小島が黙った。ちょっと意地が悪かったか。
「瞼なら憧れ」
ブラウンのアイシャドウの上に。マスカラで整えられた長い睫が揺れる。
今度は小島の右手をとる。
「掌なら懇願」
ちょうど真ん中にゆっくりと。音を立てて唇を離す。
懇願と言うより祈りに近い気がする。
もっともっとこっちに来てよ。
まだ小島は逃げたり、俺を押し退けたり、手を振り払ったりしない。
あともう少し。
「首と腕なら欲望」
小島の長い髪をかきあげて首筋に顔を埋める。ほのかに柑橘系のシャンプーが香る。
彼女の両手が俺のシャツをぎゅっと掴む。心許ない力強さで。
ちろりと舌を這わせたら、小島の艶っぽい声が頭上から降ってくる。
「まだ、ある、の?」
「これで最後」
小島としっかりと目を合わせる。
最後の線を踏み越えるか否かは小島に任せよう。時間はまだたっぷりとある。
「最後はね」
「うん」
まだ小島の体は少し強ばっている。
アルコールのせいにするのは最悪の言い訳だ。そこまで彼女は弱くなかったはず。俺にだけ都合のいい解釈かもしれないけれど。
「“それ以外は”」
「“それ以外は”?」

息を吸う。少し体温の高い小島をぎゅっと強く抱きしめる。

「“狂気の沙汰”」

小島のワンピースのジッパーに手をかけた。

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