舐めて、噛んで、くすぐって
それはきっと遊びの延長線上にあるもの。


ヴァイス・ヴァーサ


「ちょっと」
「ん?」
「よだれ、付く」
小島は口を使って制服のリボンを解こうとした藤代をしっかりとした声で咎めた。藤代はその抗議に小島の胸元から顔をあげる。
「よだれって」
ひどくない、その言い回し。
「あと歯型も」
「つかないよ、それにえろくていいじゃん」
「良くない」
問答無用と藤代は結局リボンの端を歯でつかんで引っ張ってしまった。蝶結びがしてあるだけのそれはあっさりと小島の胸元から抜け落ち、ベットの脇に落ちた。いや落とした、藤代が。
「もー」
「ごめんねー」
「反省なんかしてないくせに」
「してないよ」
「じゃあ謝んなよ」
「反射的に出た」
いつも通りだと小島は思う。二人の間で起こる現象はたいてい藤代に軍配が上がる。
小島が最終的に許してしまうことをわかった上で藤代はそうゆう行動に出てるのは小島自身もよく知っているが、今更このスタンスが変えられるわけがない。
何を言っても藤代がきいてくれるとは小島には到底思えなかった。下品でない分救いがあるが、底意地の悪さや、無駄に知恵を働かせる事に関しては手に負えない。しかし、もうそんなのは知ったこっちゃないとずいぶん前に小島は放棄している。
藤代の部屋は男所帯の割りにすっきりとしている。
笠井のおかげだろうな、小島は思う。
あの神経質そうな男の子は清潔な感じがする。藤代のルームメイトである笠井は2000円を握らされて追い出された。こっちのが安上がり、と藤代は言う。
「この部屋に来るの久しぶり」
「あーそうだね」
「あんたが部室とか部室とか部室とかに連れ込むからでしょ」
「だってラクだし」
最初から誰もいないから。
小島は藤代の前髪を引っ張る。柔かくも硬くもない髪。痛いよ、と藤代は言い、顔をしかめた。
小島は藤代を完璧に無視してそのまま続けた。
「でも机、背中が痛い」
いつも遊んでいるのは細長い事務机の上だ。木目調ではあるが硬く、あたたかくはない。シーツやクッションのやわらかさとは程遠い。
「あーそっか。」
「そうよ」
「ごめんな」
「珍しく謝るわね」
「いやこれは悪いなと思った」
「そう」
藤代は小島の上から降りた。隣に横になる。そして唐突に言った。
「こないだ告られた」
「別に報告しなくてもいいよ、べつに」
「顔色を全く変えないところがいいよな、小島は。いやちょっとおもしろい話だから聞いて」
「じゃあ聞く」
きっと全くおもしろくない話だろうが、興味はあるので小島は耳を傾ける。
体をひねって藤代のほうへ向くと、藤代も同じようにこっちを見ていた。
どちらからともなく指を絡める。

俺そんとき機嫌悪くてさあ、けっこう意地悪だったんだよ、なんでか小島のどこが好きなのかってきかれて、顔と体って答えたらその子、外側だけ?!って怒った。

「それのどこがおもしろい話なのか理解に苦しむんですけど」
やっぱり予想通りだ。と小島は小さなため息をつく。
「じゃあ小島は俺のどこが好きって答える?」
藤代は常にやることなすことに脈絡がない。
話題だってぽんぽん飛ぶ。 AからBへとは上手く流れないし、1足す1だって2にならない。
つかんだ気でいるのにあっさりと抜け落ちる。不意打ちと意表をつくことが大得意だ。
でも手にとるようにお互いがわかるならもうとっくに自分たちは一緒になんていないだろう、囁きあっていないだろうと小島は思う。
「顔と体」
「だろ」
俺あんたが好きで良かった。
突然の告白は鼓膜を通り越して神経に突き刺さった気がして小島は心臓が痛くなった。だから何も返事をしなかった。
「体の綺麗な女が好き」
また藤代は小島の上に覆い被さってきた。
「体の綺麗な男が好き」
小島はその行為を受け取った。
「だから小島が好き」
噛まれる前に小島が藤代の鼻先に噛み付くと藤代は笑った。

額をくっつけて、指を絡めあって、耳元で囁きあって。
求め合う事は楽しくてしょうがない。
溺れる様に遊ぶ。これが遊び。

舐めて、噛んで、くすぐって
さあ、笑いながらキスをしよう。








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