藤代は一緒にいたい人、お兄ちゃんは一緒にいてほしい人。
小島いわく、愛の種類が違うのだそうだ。


Fratello Sole,Sorella Luna




恋人の兄と俺の職業は同じ。
別にそれ自体は構わない。むしろよかったと思ってる。話が合うし。
問題なのは彼女が愛してやまないのは俺ではなく(!)彼女の兄で彼女の偉大なヒーロー小島明希人、という事実なのだ。今も昔もそれは変わらない。残念ながら。

「明後日、お兄ちゃんと試合じゃない?」
「うん」
「だよね」
「・・・・・・小島はぜーったい俺のこと応援しないもんないつも。」
「当たり前じゃない」
私の永遠のヒーローだもの。
「・・・ブラコン」
「だから?」
「いえ、特になにも・・・」

今日のサッカー中継のアナウンサーは淡白だった。
余計な感情を入れず、きっちりと実況する。丁寧で博識。聞き取りやすい。
ピッチを駆け巡る黄色のユニフォームの小島明希人選手を小島さん、と俺は呼ぶ。その妹、有希を小島、と呼ぶ。とてもよく似ているわけではないが、目が同じだと思う。中身はたぶん大体一緒だ。とにかくサッカー。ひどくストイックで貪欲なところなんかは本当にそっくりだ。とうに覚えた小島のと同じ指先で前線を指す小島さんのが蹴ったボールはものすごい勢いで地を這って前を走るFWの真田に届いた。
真田の体がしなる。蹴りだした直後、残念なことにホイッスル。
「・・・オフサイド」
「うそー」
「いや、フラッグあがってたよ」
小島のテレビを前にした抗議もむなしく真田はピッチを歩いた。
小島は兄が大好きだ。と公言している。俺から言わせてもらえば相当好きではないかと思う。いわゆるブラザーコンプレックスの域にも達していると思う。
そしてこう言うのだ。

お兄ちゃんがいなければ藤代にも会わなかったし、サッカーにすら出会わなかったと思う。今の私に人生にはサッカーと藤代って大きな二つの要素があるでしょう。それを両方くれたのはお兄ちゃんでしょうだから私は一生ありがとうって言いたい。

全く恥ずかしがらずに小島はそう言ったのだった。
小島明希人は唯一、俺がその存在を超えられないと思う男なのだ。
***
妹が初めて会わせたい、といって連れてきた男とおれの仕事は何の因果か同じだった。

相手は誰なのかと尋ねるとサッカーにそれほど詳しくなくても誰もが知っている名前を有希は挙げた。
正直、驚いた。
サッカーに関することでなく「色々」と有名な男。親しくはなかったが若い世代の期待のエース。別名サッカーに愛された男。
その認識は別に間違っていないと思う。「はじめまして」
フィールドの上でボールをゴールに叩き込んだ後と同じ笑顔でそいつは右手を差し出した。
何度も戦ったことのある日本サッカー界のヒーローにしてトリックスター。
抜け目ない男め。
おれは心の中で舌打ちをした。おれの利き腕は左だった。

藤代誠二は別段緊張している様子はなかった。
普段有希がおれのことをどう言っているのか皆目検討がつかなかったが、おれたちは昔から十分すぎるほど仲が良かった。それを理解した上でのこの余裕なら、本当にこいつは食えない奴だ、と改めて思った。

小奇麗な居酒屋でおれたちを引き合わせた後、有希は仕事のために先に店を出た。有希はもう十分に大人になったので、サッカーとは直接関係ない仕事も積極的に受けるようになった。それが有希自身の、チームの、そして女子サッカーの広報役になったことを理解したからだ。
残されたおれと藤代はもう一杯ずつビールを注文した。
藤代は終始にこにこして、きちんとした言葉遣いでしゃべり、有希をさん付けで呼んだ。
その姿は好青年以外の何者でもなかった。
その男こそがおれが自分の娘のように愛したたった一人の妹の選んだ奴なんだと自覚するまでそんなに時間はかからなかった。
涙が、出そうだった。

「何で、有希?」
「どうゆう意味ですか?」
無駄なほど綺麗に盛り付けられた皿に伸ばした箸をひっこめて藤代は真顔で俺の顔をまっすぐに見た。
藤代の自信が見えた。
「何で、有希を選んだ?」
「・・・選んでないですよ」
「どうゆう意味だ」
互いに疑問を投げかける様はちょっと滑稽だと思った。
「俺は有希さんを選んだつもりはありません。彼女は最初からそこにいたし、俺はたくさんいる誰かの中から彼女を選んだつもりは毛頭ありません。最初から有希さんは違う子でした。」
「それはサッカーをしてるからか?」
藤代は少し間を置いた。
おれはビールを飲み干した。体中に血液が巡る感触があった。
「もちろん、それも彼女を構成する要素です。でもそれだけじゃない。」
「有希は最初は君が嫌いだった」
おれは藤代の言葉をさえぎって唐突に言った。
「知ってます」
顔色ひとつ変えないで藤代は言った。
「俺は有希さんが欲しがっていたものを沢山持ってました、最初から。彼女が愛してやまないサッカーを多分生まれたときから持っていました。だから有希さんは俺が嫌いでした。」
「そこまでわかっててなんで有希なんだ?あの子はサッカーに関しては一倍シビアなのは君にも分かるだろう?」
「・・・そんなのは誰にもわかんないんですよ、気づいたら俺はものすごく彼女が欲しかった。即物的な言い方すればそうだったんです」
「それだけ?」
「それだけです」
なんのことはない単純だった。
有希も藤代も互いを欲しがった。だから一緒にいた。
その時おれは有希の手のひらの感触を思い出していた。小さく綺麗な爪の形の有希の手はとっくに藤代のものだった。
「だから俺は有希さんと一生一緒にいる約束がしたかった」
「結婚のことか?」
「そうです」
ゆっくりと涙が出てきた。
自然と顔は下を向いた。 
「有希さんは小島さんを一生かかっても感謝しきれない人だといってました」
藤代は俺の感情を見透かしたように言った。
「俺は一生かかっても小島さんには勝てないことをその時知りました」
「でも俺は俺なりのやり方で有希さんを好きでいようと思いました」
「小島さんが有希さんを今まで大事に守ってきた役割を俺に渡してくれませんか?」
「俺は彼女と一緒にいたいんです」
藤代が頭を下げた。
最初から反対する気などなかった。
有希はちゃんと自分がいとおしいと思う人間をつれてきた。
それだけで俺には十分だったのだ。

「・・・お前が弟か・・・・試合が兄弟対決だな」
藤代は笑顔で顔を上げた。


***
おにいちゃんと何話したの?
小島は少し心配そうに尋ねた。
小島さんと二人だけで話させて、と頼んだのは俺だった。
「いやふつーのはなし」
「普通って何よ?」
小島の腕が俺の腕に絡む。
ありきたりな兄弟の話。
と俺が言うと、小島は眉間にしわを寄せた。
なによそれ。
美しき姫君の白いドレス姿に長い間彼女の護衛を務め上げた男は盛大に涙するだろう。その光景を想像して俺は楽しくなった。

そして小島にキスをした。
















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10015HIT 桂奈月さんのリクエスト「小島兄のでてくる話」
すっげーベタな話ですいません。ブラコンシスコンな小島兄妹。
藤代がうそ臭い。
タイトルはイタリア語。映画です。
 
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