dolce far niente



あたし、誠二の背骨、すきよと有希は言い、その細い指先でグッドイナフのTシャツの上から俺の背骨つうっとをなぞった。
少しくすぐったい。
すきなの、と俺が言うと、すきなの、と返した。
なんかね、まっすぐでしょ、でもきれいにのびてるの、だから。
そっか。
そうなの。
有希はそのままベットの上に寝転がっている俺の背中に覆い被さった。
ねむいの?
ねむいの。
先に寝ていいよ、俺これ読み終わりたいから、と言うとううん、起きてると言った。
この家にベットは一つしかない。
今俺たちが乗っている、二人で使っても十分な大きさの、シルバーのパイプベッド。
これリビングで読むから、電気消して先に寝ていいよ、と言っても、ううん、起きてる、とまた言った。
どうやら非常に機嫌がいいらしい。 有希は結構わかりやすい。昔から。 誠二も人のこといえない、と言われるのは間違いないだろうけど、けっこうわかりやすい。 本を読むのをやめなくても、視線をそっちに集中させていても、有希は何も言わず俺の背中にのったままだ。
頬が背に触れているのがわかる。

誠二の体だったら、指と背骨が一番すき。
思い出したかのように有希は呟いた。
俺は有希の髪と目と踝がすき。
それに答えるように俺も呟いた。
くるぶしー?
有希が笑った。
くるぶし。
くるぶし。
フツウじゃない?
ちがうよ
そうなの?
そんなこといったら俺の背骨なんてもっとフツウだよ
ちがうの
どうちがうの?
んーひたべったい。
・・・ひらべったい。

俺はページを繰る手を止めた。
ひらべったい。
じゃあ、あたしのくるぶしは?
細い。手首並に細い。
そこまで細くないよ
でもそんな感じ。俺の手のひらにおさまる大きさ
視線をもう一度に文字に戻す。
有希はやっぱり俺のに覆い被さったままだ。 うっすらと息遣いを背中に感じる。

生きてる音がするわ と有希は言った。
背中側から心臓の鼓動が聞こえるかどうかは知らないけど有希はそう言った。

俺は読み終えた本を閉じて体をひねった。
有希は体を持ち上げて俺が仰向けになるのをうながした。
あとは額をあわせて、口唇を重ねるだけ。

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