DOLCE VITA



その時小島の神経は藤代の指先に集中していた。指というより爪。 短く切りそろえられたそれはほかの多くと違って不細工に丸まっていたりはしなかった。 ただし、ほかの多くとは言っても藤代以外の男の指先を丹念に観察した記憶など小島にはない。
興味すら湧かないのだ。その指以外。
事実、藤代の指はとても綺麗だ。そして体温が低い。
その事を知った時、小島はその意外性に正直驚いたが今となっては温かい手のひらより冷えた指先のほうが心地良いのもまた事実だ。 先端が適度に尖っていて長い。
フットボーラーだからか節だってもいない。その爪先が自分の髪をすくうことを思うと小島はうれしくなる。

藤代は小島の瞼が上下するのに見入っていた。上に向かって緩やかにカーブを描く睫毛が呼吸とともに踊る。
皮膚に刺さるのではないかと藤代が思案するほど長い睫毛に衝動的に触れる。 それでも小島は何の反応も示さない。そして数秒の間を置いて突然目を開ける。 光が澄む。 覗き込んだ眼に意志があるのを感じて藤代は少しぞくりとした。 睨み付けるような尖った目付きは小島特有のものでこんな女ほかにはいないと藤代に思わせるには十分だった。
攻撃的なその視線。藤代はこれが好きだった。 見据えられてまた藤代の神経が少し高ぶる。
小島の右の足首には鎖がつけられている。
それは何年か前に藤代が小島に贈ったものだ。細い凝った作りではないが銀の美しい鎖。

藤代が自分の額を小島のと重ね合わせても小島は目を閉じない。でも鎖の擦れる音は止まない。 計算通りだと藤代は思う。 小島を自分の意のままに動かした経験など藤代にはないが、別にしたいと思ったこともないが、 小島とこうしてる間だけは少しの勘違いも許されると藤代は考える。
藤代にとって小島が自分の所有物であるとか、恋人であるとか、特別な関係であるとかはどうでも良かった。 小島が自分の下で長い睫毛を揺らして口付けを受け入れてくれればそれで良かった。

「小島」
「なに」
「いや」
「ん」
「呼んだだけ」
「そう」

藤代の爪が自分の髪に絡むのを確認して小島は安堵のため息をついた。 藤代はいつもと同じだと安心感からだ。
たいていの出来事には動じず、常にあらゆることに余裕を持っている藤代が切羽詰って自分の髪をかき乱そうとするのがたまらない。

吸い込まれあう。
口説きあう。
舐めあう。
囁きあう。

漆黒というのはなかなか得がたい代物だということを藤代は最近覚えた。 小島の髪は長く、細く、ゆっくりと手のひらを滑り落ちる。
藤代自身、髪を染めたことがないが自分の髪は黒、小島の髪は漆黒だと思う。違う色なのだ。 理由はきっと藤代が男で小島が女だからだ。ただ、それだけ。

しゃらり。
鎖がなる。



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