「・・・そろそろ離してもらえないかな」
どうしようもなく恥ずかしい。 指先だけを彼が掴んでもう5分は経つだろうか。
90分走り続けて、上がった息もようやく落ち着いているだろうけど、頭からかぶっているスポーツタオルのせいでいまどんな顔をしているかはわからない。
彼は黙ったままで、でも自分の体温が上がり続けていることだけはわかった。 指先が焦げてなくなりそうだった。


romance from fingertips.



サッカー部の試合は快勝だった。ホームでしかも練習試合だったけど、それなりに強いらしい相手高校を2−0で下した。
彼、横山平馬はワンアシスト。綺麗なパスが前線に通った瞬間はぞくりとしたくらいだ。
私はサッカーに関しては素人で(ようやく最近オフサイドを理解した)今日だって、ただわあわあ言いながら試合を眺めていただけなのだ。友達と一緒に。 横山君はクラスが一緒だけどで時々、本当に時々会話を交わすくらいだった。
それでも気にならないとは言えなくて、もともとあまり喋らないけれどサッカーのことになると饒舌になることや、実は少しそそかっしいことや、化学の授業をすごく楽しみにしていること(実験が好きなようだ)なんかが断片的にでもわかってきたところだった。
表情が変わることもあまりないタイプだけど、笑った顔は年相応で可愛い。でもそれを告げたら彼は二度と私の前で笑わなくなる気がするので、一生言わないけど。
そう、私と横山君はその程度の関係だったのだ。 5分前まで。

試合が終わって選手たちは観客席に(普通の高校なのでただの芝生だったりする)挨拶にやってきて私もほかの観客と一緒に手を叩いていた。
背番号10番のユニフォームの横山君と目が合ったな、と思ったら手招きされた。 なんだろうと駆け寄って「試合勝ったね、おめでとう」とだけとりあえず言ったらうん 、とだけ返事をして校庭のベンチまで連れてこられた。
「座って」
訳がわからなかったけど、言われた通りに腰を下ろした。するとドスンと彼が隣に座った。まだ呼吸が整っていない。
そして手を掴まれた。手というより指先。形だけは整えてあるけど、何の色も付いていない爪を握りこむように掴まれた。 横山君はそれきりタオルを被って黙りこんでしまった。
残された私はかける言葉を失った。
「横山君」
返事はない。
「ねえ、そろそろ離して」
やっぱり、返事がない。
あらゆるところから視線が集まってきて、そろそろ本格的に爆発しそうだ。
「あと30秒だけ」
ようやく口を開いた彼はそう言った。
30秒。心の中で数え始める。
今日は比較的暖かい日だけど、もう冬の気配が感じられる頃で少し寒い。吐く息も白い。
本当にきっかり、30秒で横山君は大きく息を吐いて私の指を解放して被ってたタオルを乱雑にとった。
「ありがと」
「いや・・・あの、なんだったの?」
「癒し」
「へ?」
「これからもう一本試合あるんだ」
「ああそうなんだ・・・て癒し?」
「・・・どのスポーツでもそうだと思うけど」
そう言って横山君は立ち上がった。
私はタイミングを失ってベンチに座ったままだ。
「メンタルが結果を左右することはよくある」
「ああ、うんそうだね」
横山君は大きく伸びをしてピッチに視線を送った。私はその背中を眺めた。
「今さっきけっこう俺は全力で走った」
「だって試合だもの」
「負けず嫌いだしね」
短く彼が笑ったのが後ろからでもわかった。見たかったなと、少し残念になる。
「だから、次走れるかはメンタルにかかってくるわけだ」
「うん」
「好きな女の子の手を借りればいける気がした」
「うん?!」
「結論としては成功した」
「えーと」
混乱する。彼はいったい何を言っているのか。
「だからありがとう」
体ごと振り返った彼と目が合った。笑っている。
「・・・横山君は、」
「うん」
もしかすると、」
「うん」
「私のことが好きなの?」
言葉にするのすら、もどかしい。

「知らなかった?」

お願い、そんな顔で笑わないで、本当にはじけ飛びそう!


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