やさしいひと



「メモ出して」
レナはスーパーマーケットに入った瞬間に後ろを振り返り、三上に言った。
お互い会社帰り。
「は?」
メモ?
「メモ。」
メモ。
「俺しらねえよ?」
「うそーさっき亮のポケットに入れたよ?」
「ポケット?」
三上は両手をスーツのジャケットに突っ込む。指先にがさがさした感触。 一枚の紙切れを発見。
「これか?」
「これ」
「何で俺のポケットに入れたんだよ?」
「なんとなく」

『人参、大根、たけのこ水煮、ケチャップ、米、単3電池、紅茶、100w電球』
「こんだけなのか?買うもの」
「これは忘れると困るもの」

レナは機嫌よくカートを押して歩く。
三上はその後を欠伸をしながらついて行く。
鳩のマークのスーパーマーケットはなかなかの賑わいを見せている。木曜平日、夕方19時。 見渡すかぎり、主婦主婦主婦。 たまに、主夫、と子供。

「亮は何が食べたいー?」
「んーなんだろうな」
「なんでもどうぞ」
出張帰りでお疲れですから。
「んーなんかなあ」
「なんかなに?」
「なんか水っぽいもの」
「水っぽいもの?」
なによそれ、例えば?

レナは手始めに牛乳をカートに入れる。明日の朝食用。
あとは大きいヨーグルト。甘くないやつ。

「例えばなあ」
なかなか思いつかない。
自分で言い出しといてなんだけど。
「・・・サラダ?」
「・・・なんか作りがいないものね」
「要するになんでもいいんだよ」
お前の作るもんは何でもうまいから。
にっこり。
ついでにカートも俺が押してやろう。

「・・・そーやってすぐ機嫌をとろうとする」
レナは不満げに自分より背の高い三上を見る。
「うそじゃねえし」
「そうゆう意味じゃないけど」
「どっかの誰かさんは一度不機嫌に陥ると3日も口きいてくんないからなー」
「あれは亮が100パーセント悪かったじゃない」
「あーはいはい、そうだったな、俺が悪かったな、ハイ、もうこの話おわり」
「自分でふったくせに」
レナを歩調を早めた。 すたすたすたすた。
次は食パンをカートの中へ。ふわふわやわらか、お気に入りの定番。
「これ美味かった。」
「そうなの?」
「渋沢のお墨付き」
「あ、じゃあいいかも」
「じゃあってなんだ」
「亮の舌も信用してるよ」
このグルメめ。
「不味いものより美味いもののがいいだろ」
あ、こらシカトか?

レナは先にパンコーナーを抜け、肉と魚の並ぶ店の奥へ進む。
「レッナちゃーん」
三上は3メートル後ろから声をかける。
「なーにあきらくーん」
「俺、肉が食べたい」
「ベジタリアンじゃなかったの?」
「・・・あのな」
「肉ってもどんなのがいいの?鶏?豚?」
「これ。」
松坂牛。 ブランド名の輝くパッケージ。お徳用200グラム。
ステーキに最適です。おっと、一緒にステーキソースも。
「え、高いよ」
なにその値段。
「・・・あのな」
「なんですか」
「俺もそれなりに稼いでるの。これぐらい買えるっつーの」
「じゃあどうぞ。亮が自分で払ってね」
「・・・まかせろ」

今日はステーキで決まり。


inserted by FC2 system