さいごのひと



誕生日やクリスマス、つきあった記念日だとかはタイミングとしては最高だと思う。
でもそれじゃなんとなくつまらないと三上亮は思う。どうせなら増やしていきたいのだ、特別な日を。(実は結構ロマンチストだ)
そんな理由で生涯で一度しか言わない言葉を彼女に告げる日を三上は決めかねていた。


年が明けてしばらくすると三上は誕生日を迎える。まもなく27歳。
浅海レナと付き合いだしてからは、だいたい彼女と過ごしている。三上が、というよりレナがそう望むからだ。
5年付き合っていてその日に外出したことはない。どちらかの部屋で、のんびり過ごす。そんな誕生日が三上も気に入っている。指折り数えて待ち望んだ子供の頃とはまた違った楽しさがある。できれば年をとりたくないけれど。


「何か食べたいものがある?」
三上より10センチとちょっと背が低いレナが少しだけ見上げるようにして三上に尋ねた。年末年始はそれぞれ実家に帰ったので新年になってはじめて会ったのは仕事の始まる日だった。
初日は業務が少なめで二人とも定時ぴったりに会社を出た。
「いんや。正月ずっと何か食ってたから胃がなんか変なんだよな」
「わたしもかも」
「今日は適当で良くね?」
「なにか買って部屋で食べようか」
「さんせー」
「うちでいい?宅配便届くんだよね」
「いいよ」
そう言って三上はレナの手をとった。昔は、はずかしくてどうしようもなかったことが頼まれたわけじゃなくても自然にできる。
「俺アレ食いたい」
「なに?」
吐く息は白い。ストールに顔が半分埋まったレナの目だけが見える。
「伊勢丹の地下で売ってるやつ」
「ああ、わかった。前に私が買ってきたのね」
「てことで新宿行こうぜ」
小さく頷いた彼女の手をぎゅっと握った。


1月22日。
今年は土曜日で例年通り、レナが大量の食材を買いこんで三上の部屋にやってきた。
「これ二人で食う量じゃねえだろ・・・」
キッチンに並べられた食べ物に向かって感想を述べると 「あまったらお弁当にしてあげる」と返された。
「・・・やさしー」
「私はいつだって」
「優しいわよ、だろ」
「・・・そういうこと」
くすくすと笑いあう。彼女の横顔が好きだと思う。顎のラインとか。
「なあ」
「なあに?まだできないからゲームでもやってれば?」
レナはシンクに向かって野菜の皮をピーラーで剥いている。
ふたりの5年という蜜月は三上をこうやって甘やかすのだ。穏やかで安心する。柔らかで心地よい。
だから約束がしたくなったことを自覚した。一生一緒にいるという約束。
「結婚しねえ?」
息を吐くようにほとんど無意識で口からこぼれる言葉っていうのはあるのだ。
「え?」
ぴたりとレナの動きが止まった。目が好きだと思う。自分をまっすぐに見るところとか。聞き返されて三上は背筋を伸ばした。
「いや、えーと浅海レナさん」
「・・・はい」
レナが息をのんだのがわかった。
「俺、と結婚してください」
「・・・・・・」
レナが驚いたままだまった。 三上も微動だにできない。 水道の水は流れっぱなしだ。
少しの沈黙のあと、ようやくレナが口を開いた。
「・・・普通さ、じゃがいも剥いてる最中てなくない?」
可愛いと思う。口は少し悪いけど。
「・・・ごめん」
「しかも私のじゃなく、自分の誕生日に」
「・・・ごめん」
きゅっとレナが蛇口をひねり、水を止めた。
「でもさ、それが亮だもんね」
多分三上が見たことのない一番綺麗にレナが笑った。
「わたしの大好きな亮だもの」
時々照れずに言ってくれるところも可愛いと思う。
「それに夜景の見えるレストランより、こういう風に家のほうがなんとなくだけど、すごく本心に聞こえる」
きっと、この先何十年も二人で一緒にいてずっとこうやって彼女に優しくされていくのだろう。
そして自分も彼女にとってそうありたい。
「だから、そんな泣きそうな顔しないでよ」
レナの手が三上の頬に伸びた。
「よろしくお願いします」
もう一度、ゆっくりと笑いながらレナが言った。
「・・・俺の方こそよろしく」
最後に三上が目を細めた。


「一応、指輪もあるんだけど・・・。給料3か月分じゃねえけど」
「・・・でも亮が選んでくれたんでしょ? それで十分よ」
やっぱり好きだと思う。三上はビロードの箱をレナに差し出した。




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