スタートライン



「ミサキちゃん」
聞き覚えのある声に振り返るとにっこりと笑う彼の姿があった。

彼は学校のそばの行きつけのカフェの店員だ。
無論、行きつけになったのは彼がいたからだった。
白いシャツに黒のパンツのギャルソン姿でドアを開けてくれた彼に私は一瞬で恋に落ちた。男の人にしてしては小柄だけど、整った顔立ちで、堂々と振る舞い、きびきびとほかのスタッフに指示を出して働く姿は、本当にカッコよかった。もううっとりするくらい。
赤い長めの髪を後ろで一つに結んでオーダーをとる彼の胸のネームプレートには「SHIINA」とだけあって、一カ月通って、ようやく下の名前が「つばさ」だと知った。浅黒い肌をした、キッチン担当の男の子がそう呼んだのを、私は聞き逃さなかったのだ。
漢字は多分「翼」だ。それ以外思いつかないし。
その彼がなぜか今目の前に私服で立っている。

パーカーとかジーンズとか超・新・鮮!とかあれなんで名前知ってるんだろうとか考えるべきことが頭の中を駆け巡り、声が出ない。
ここは路上で、今は夕方で、私は学校帰りで、椎名さんは今日の格好からするとおそらく休みだ。
落ち着け、私。
「あれ、名前違った?」
なんの返事もしない私に首をかしげたのは彼の方だった。
「・・・・いえ合ってます」
「ああよかった。友達にそう呼ばれてたよな〜って思ったんだけど。あーそれとも俺がわかんない?」
「!!いえわかります、よおおく存じあげております!!!」
ああ、存じ上げるって何言ってんの私!と恥ずかしくなる。
彼はありがとうと言うと短く笑った。
笑われた。
「仕事・・・じゃないよな、学校の帰り?」
「・・・はい」
「そこの?」
そう言って椎名さんは学校のある駅の方を指差した。
やっぱり声が出ないので必死で頷く。
「学生かあ。やっぱり。若いね」
「いやそんなことはない・・・です・・・」
うまくしゃべれない。もっと口よ動け!
「そんなことあるよ。俺もう27だよ」
27歳!?全然見えない。それぐらいカッコいい。
「ミサキちゃんは十代でしょ?」
「・・・・はい」
ガキです、子供です。
「元気ないね、声掛けちゃだめだった?」
「そんなことないです!!!」
今度は無駄に大声が出た。
あなた目当てで店に通ってるんですうううう!と言いたいぐらいなのに。 今度はきょとんとされた。ああもう完全に変な女だと思われてる。
「・・・・あのさあ、もしかすると照れてる?」
「・・・・はい」
下を向いて答えたら、彼が一歩こちらに寄ってくるのがわかった。
「顔あげてよ」
おずおずと真っ赤になっているだろう顔を上げる。
椎名さんはにやりと笑った。


「未成年に手出したらつかまるかな?」

・・・どうでしょう?



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