それを告げた近藤の顔には申し訳なさが十分すぎるほど滲み出ていて、沖田の心がチクリと痛んだ。貴方にそんな顔をさせるためにここに自分はいるわけではない。人が良いという言葉だけでは収まりきらないどうしようもない「優しさ」を持つ師はとうとう悪いな、と口に出してしまった。
彼にとって自分はいつまでも自分は子であり弟であるのだろう、それは沖田を安心させると同時に少し落胆させた。
いくら背が伸びても強くなっても、生涯、近藤の元にいることは変わらないであろう。貴方のために剣を振るい、死ぬ覚悟はとうに出来ている。
近藤に甘やかされるには、二十一歳になった沖田は大人になり過ぎていた。






の海を



越えて行け








「京都に行くんだ」
「京都?」
初めて聞いたとばかりに神楽は尋ねた。
すっかりと秋色に染まった公園は少し風が強い。落葉が増えそうだ。
並んで座ったベンチにもはらはらと枯葉が風にのってやってくる。半袖のチャイナ服というまるで季節感を感じられない格好をしている神楽に沖田は制服の上着を掛けてやった。
小声で礼を言うと神楽は黒い上着に袖を通す。
京都の紅葉は本当にすばらしいそうだと近藤が言っていたことを沖田は思い出した。
江戸とは土が違うし、ともかく綺麗なんだそうだと、ずいぶん昔だが言っていた。
「それってどこアル?」
「そうだなァ、こっからずっと西のほうだな」
「遠いのカ?」
「列車で3時間くらいだな」
「ふうん」
さほど興味がなさそうに神楽は酢昆布を齧った。まもなく17歳になる彼女はようやく音を立ててものを食べなくなった。髪が伸び、背丈も伸びて子供らしさが徐々に抜けていき、沖田にとって神楽は最早初めて会ったころに比べて別人になっていた。
「どうでもよさそうだねィ」
沖田が嫌味のつもりで言ってやったら神楽は馬鹿にするな、と鼻を鳴らした。
「いま思い出したアル、京都って美味い物がいっぱいある所ダロ。前に旅番組で観たネ」
「美味いものつーか、まあ江戸とは違う食いもんがいっぱいあるな」
「でも美味いんダロ」
「たぶん。俺もそんなに頻繁に食うわけじゃないから」
京料理屋は接待でよく使う。会合は近藤、土方の仕事であって沖田はほとんど同席することはないが時々巷で噂の「天才剣士」に会いたい、と言ってくる客人もいる。
そんな時、渋々出向くのだ。自由奔放な沖田にもそれぐらいの良識はあった。組織の一員であり、幹部であることの自覚はしっかりと出来ていた。
「なんだっけなー、八つ橋?」
「ああ」
「あれ食べたいネ」
「あれは俺も好き」
「買ってきてよ、お土産に」
「いいけど、2年後だぜ」
疑問符を浮かべた神楽の頭を撫でてから沖田は立ち上がった。舞った落ち葉が足に絡みついて音を立てる。
「2年の任務なんだ」
沖田は笑いながらベンチに振り返った。神楽が小さく見える。
「2年?いつもの出張じゃないのカ?」
「違う。最短で2年の仕事。しかもほぼ帰ってこれなさそうなんだなァ」
ふうん、とまた関心がないような声で神楽が言った。沖田はゆっくりとベンチから離れながら続けた。
「だから江戸にいるも明後日が最後」
「明後日?」
「明明後日の朝にはもう京都へ向かうんでィ」
「そうなのカ」
「そう」
神楽のか細い声が少しは自分との別れを惜しんでくれているような気がして沖田は小さく笑った。
相変わらず風が強い。


口約束は一度もしたことがなかった。
恋愛の概念が自分と神楽には欠如していると沖田は思っていた。
好きだとすら告げたことはなかった。

気まぐれに小さな手に触れたら、神楽はそれを拒まなかった。気を良くしてぎゅっと手のひらを握ったら神楽は目を伏せた。
桃色の髪の間から見えた耳は赤く染まっていた。神楽は何か呟いていたけど声にはなっていなくて沖田は聞き流すことにした。
視線を少し落とすと神楽と目が合ったので頬に手を添えた。一瞬にして顔が真っ赤になった。ああなんて可愛い生き物なんだろう、と笑った。
それでも神楽は抵抗しなかったから、沖田は唇を寄せた。
それが一番最初だ。2年前の春の日だった。












 

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