巡回という名の散歩を終えて屯所に戻ると山崎が出迎えてくれた。
時刻は午後5時。夕食にはまだ早く、隊士の数もそう多くはなかった。
大きな事件がここのところないので(近藤が平和が一番だと素直に喜んでいる隣で土方が嵐の前の静けさに違いないと怒ったような顔をしていた)夜勤を除いた大半の隊士が7時までには仕事を終えて戻ってくる。
警察は24時間活動中なので隊士全員が揃うことはあまりない。
自室で横になっていたら饅頭と緑茶を盆に載せて山崎がやってきた。素直に礼を言った沖田を訝しんだ様な目で一瞥すると山崎は「準備は出来ましたか?」と尋ねた。
「準備?」
起き上ってふわふわと湯気の立つ湯呑に手を伸ばす。山崎はいつもちょっと熱いぐらいの温度でお茶を入れる。ひと吹きすれば飲める程度の熱さ。便利な才能だと思う。
「京都への準備ですよ。俺、今時間ありますから手伝えますよ」
「あーいい。俺そんなに荷物なんてないから。着物がちょっとありゃそれでいい。パソコンなんかは支給されるだろ」
「だと思いますよ、隊長クラスにはあっちでも私室もらえると思いますし」
京都行きを近藤から告げられたのは一昨日だった。
上層部に少数精鋭を求められたから泣く泣く沖田率いる一番隊を選んだのだと山崎が教えてくれた。実戦は別として、竹刀を使った試合なら沖田は誰にも負けなかった。近藤にも土方にもだ。だから沖田のもとには腕に自信がある者たちが集った。戦場において先陣を切るのは一番隊の役目だった。
近藤は真選組を事実上、分断することに抗議の意を示し、散々食い下がったが認められなかったのだそうだ。それも山崎が耳打ちするように沖田に告げた。
自惚れなくても沖田は近藤が自分を手元に置きたがることは分かっていた。自分が真選組局長を護る屈強な盾である自信もあった。
「今夜だけ付き合ってくれ、と局長が言っていましたよ」
「すまいるになら行かねえぞ」
「・・・違いますよ、仕事です。大捕物が一件あるんです。それを終えたら明日、明後日は自由に過ごしてくれと言っていました」
二日分の自由時間を与えられても沖田にはすることがなかった。神楽にはもう江戸から離れることを告げたし、きっと彼女はそのことを万事屋の人間に話すだろうから銀時にはもし会うことがあったら挨拶すればよい。わざわざ出向く必要はないだろうと判断した。今生の別れではないのだから。
「・・・明日とか明後日とか予定はなんもねえの?」
小豆がぎっちり詰まった饅頭に手を伸ばす。
近藤が最近贔屓にしている老舗の和菓子屋のものだ。 
「明日は、局長と副長が出席する会議があります。松平長官も一緒です。でも沖田さんが出向くようなことはありませんよ」
「そうかい。平和でいいこった」
「だから隊長たちが京都へ行く羽目になったんじゃないですか」
江戸での攘夷派だとかテロリストだとかの不穏な輩の気配はここ最近なくなってきていた。かわりに活発になってきたのは大阪や京都といった西のほうだった。奴らが江戸を落とす前に別の都市を狙うつもりなのかどうかは知らないが、目を背けられない事実だった。
「そうだったなあ」
「気をつけて行ってきてくださいね」
「俺を誰だと思ってるんでィ」
「わかってますよ、隊長が誰よりも強いことは。けど局長も副長だって心配してます」
彼らが沖田の身の安全を考えているわけではないことはわかっていた。圧倒的な強さを、素晴らしい剣の腕を、生まれながらにして沖田は持っていた。才能だと沖田自身思っている。思い上がりでも慢心でもなく、ただ事実として。
身長もさほど高くはなく、体に厚みがあるわけではない沖田にあったのは人を斬ることだった。
「大丈夫でィ、土方にすら心配されるなんて俺も落ちたもんでさァ」
「・・・まもなく、局長がいったん屯所に戻られます。その後、隊長も一緒に出てくれと」
「了解」
それで告げるとほとんど音を立てずに山崎は部屋を出た。普段、土方に怒鳴り散らされている姿からはあまり想像できないが山崎は実に優秀な監察だ。
沖田も彼を邪険に扱うことが多いものの能力は認めるところが多い。ただのミントンではない。
湯呑を文机に置くともう一度、畳に転がった。夜はまだ浅い。目を閉じると奥底からゆっくりと睡魔がやってきた。沖田は近藤が戻るまでのしばらくの間、眠ることにした。
この部屋で寝ることもしばらくなくなるなァなんて考えたら、少し笑えた。












 

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