雫がまた、落ちる。


雨止まないネ。
神楽がぽつりと言った。
沖田は刀の手入れをする手を休めずにああ、と返事をした。
屯所の縁側で初夏の匂いをかぐ。丁寧に整えられた雨露の垂れる庭の木の葉はすっかり鮮やかな緑色になっている。梅雨は明けたはずだが今日は生憎の雨模様だ。なんとなく重い天気。
神楽が沖田の所にやってきたのはそんな日の午後だった。

「ザキはいいやつアルな!私が来ると必ずおやつくれるヨ。」
羊羹とグラスに入った緑茶はさっき角盆にのせて山崎が沖田の部屋まで持ってきたものだ。
神楽は上機嫌でそれに飛びついた。
「・・・そりゃあ俺のだから」
「?どういう意味ネ?」
「お前は大事なお客様だからだよ」
「そうなのカ?」
大きな眼を見開いて神楽は羊羹を口に入れたまま沖田を見た。
「・・・深読みしろよ。なあ、それうまい?」
「うまいヨー、やっぱり虎屋のは美味しいアル」
「一口とっといてくれ」
「やあヨ」
「一人で一棹食っといて何言ってやがる」
どこまでも食い意地の張った神楽にため息をついて沖田は刀を鞘に収めた。鋭い金属音が鳴った。
「終わり?」
「終わり」
じゃあやるヨ、と言って神楽が楊枝に刺した最後の羊羹をよこしたのでそのまま口に入れた。珍しいこともあるもんだと思ったが口には出さないことにする。
「あー雨はテンション下がるネー」
靴を脱いで神楽は足を抱えた。沖田は冷えた緑茶で喉を潤し、隊服の上着を脱いで部屋の中に放り投げる。氷の溶ける音がした。
「俺はそんなに嫌いじゃねえけどなあ、雨」
「出かける気無くすネー」
「傘させばいいじゃねえか、いつも持ってんじゃん」
「そうゆう事じゃないアル、気分の問題ヨ、それにこれはどっちかって言うと武器ネ」
傍らの傘を一瞥して神楽は言う。
「・・・お前って、剣とか刀使わねぇの?」
神楽から少し離れた所で沖田は胡坐をかいて座った。
「使わないネ」
「なんで?」
「・・・伝統的に武器は傘アル。日除けにもなるし、便利だからじゃネ?」
真っ直ぐに前を向いて神楽は庭を見ている。
「あーお前、日に弱えもんなァ」
宇宙最強とうたわれる強靭な夜兎の数少ない弱点。
「太陽は嫌いじゃないネ、でも苦手ヨ」
そう言って神楽はグラスの底に残っていた緑茶を飲みほした。今日の太陽は見えない。影もはっきりとは現れない。
「お前たちはずっと刀なのカ?」
「そうだな」
「なんで?もっと便利なのあるダロ。バズーカとかお前使ってるネ」
天人が地球に持ち込んだ便利な道具の中には武器も当然あった。
「あれは玩具でィ」
「玩具で町中破壊されちゃみんな困るネ。だからお前らヤンキーとか族とか陰で言われてるアル」
「これでも市民の安全を守ってんでィ」
「せいぜいがんばってくれヨ、税金ドロボー」
神楽は抱えた膝にうずめた顔から片目だけ覗かせて少し笑った。

声が吸い込まれていくような気さえする静けさの中で雨の落ちる音と氷の溶ける音が混ざって靄の中で響く。笹が、揺れる。
「・・・俺らは刀でいいんでさァ」
沖田は手入れを終えたばかりの傍らの刀を手に取った。
「何でアルか?」
「銃と違って近いんでさ」
「なにが?」
「相手との距離が」
「ああ」
「だからいいんだ、刀の方が」
目の前の人間から生を奪う。自然の理を無視して奪う。
近藤や土方は武士だから、と言うかもしれない。けど沖田の中にはそれ以上に明確な理由があった。誰にも話したことはないけれど。
「覚悟が、出来る」
「覚悟?」
こうやって吐き出してしまうのは雨のせいだ、きっと。どこか寂しくて体は寒くないのに、胸の奥が詰まる感じ。決して神楽に聞かせてやりたいことではないけれど、今日は。
「これから人を斬るっていう覚悟」
血の川を渡り、赤く染まった手で刃を握る。背後に亡骸、掲げた正義の正しさはわからない。
「無理矢理、人の人生を終わらせているっていうことを忘れちゃいけねえから」
「・・・つらいナ」
「つらいとかは俺らが一番口にしちゃいけねえ言葉だよ」
選んだ道が間違ってるとかどうかは考えない。正しいかどうかじゃない、自分で決めたかどうかだ。

「・・・でもお前が好き好んで人斬ってるわけじゃないことくらい私だってわかるアル」
沖田の耳に届くだけの控えめな声で神楽が言った。
少し驚いた。神楽の視線は目の前の庭に向いていたが、しっかりとした意志がそこにあった。
手を伸ばすと、ちょうど神楽の髪に届いた。頭を撫でると神楽は黙ってこっちを見たが、嫌がりはしなかった。
「別にお前が抱えなくてもいんでさァ」
神楽の腕をとって引き寄せて後ろから抱えた。
「俺が死ぬまで失わなきゃいいんだ」
腕の中にすっかり収まった神楽の頭の上に沖田は自分の顎を置いた。温かい体は、生きている証拠だ。ぎゅっと力こめて抱きしめた。
「だから、お前が泣かなくていいよ」


例え人殺しだと罵られても、泣いてくれる君がいるならまた進める。







鋼色滲んで君を仰ぐ





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