誰にも言えない恋をした、と告げた。
口角を上げるだけのいつもの笑い方で土方がへえ、とだけ言った。


its a No name


「誰にも言えない、ってたってオメー俺に言ってるじゃねえか」
屯所の南側、一番端の部屋が土方の自室だ。書類の詰まった棚が二つと、低い机、パソコン、箪笥ぐらいしか目立ったものはなく、シンプルでいつも片付いている。制服の上着もきちんとハンガーにかけられて吊るされている。
対して今、沖田の上着は畳に無造作に放ってある。
机の上の電気スタンドと隅の行灯の明かりだけで土方はなにやら書きものをしていた。
まもなく10時になるというのに未だに仕事をしている真面目な上司様にはため息がでらァ。
そう思いながら部屋の真ん中に置かれた黒い机の前で胡坐をかく土方の前で沖田は膝を抱えた。
「相手が誰だか言えねえんでさァ」
「・・・人妻か?不倫か?頼むから余計な面倒だけは起こすなよ、それにストーカーは近藤さんだけでいいからな」
沖田がこの部屋に入ってから、3本目の煙草に土方は慣れた手つきで火をつけた。相変わらず絶え間なく吸い続けるニコチン中毒者だ。
「大丈夫でさァ、ストーカーキャラは狙ってねえんで。いつでも副長の座は狙ってますけど」
「お前はそればっかだな」
「やだなあ、土方さん、俺があんたの首を狙ってないことがありましたかィ?」
「・・・ねえな」
土方は溜息と一緒に煙を吐き出した。
「ガキの頃からずっとだから何年越しだ?」
「さあ?10年以上なんじゃないですか」
「そう考えるとほんと飽きねえな、お前も」
「土方さんがさっさと死んでくれればいんでさァ」
ハッと短く笑って土方はまた書類に目を落とした。

障子が開けっ放しになっていて縁側から外がよく見えた。夏の終わり、熱帯夜を抜けてようやく過ごしやすくなった夜。
月がちょうど半分だけ見える。雲が朧な月影を作っていく。
膝の上で指を組んで顎をのせる。少し見上げた土方は沖田の方など見向きもせず黙々と手を動かしていた。
「あんたみたいな人のこと、ワーカホリックていうらしいですよ」
「なんだそりゃ。天人の言葉か?」
視線はなくとも耳は傾けていたようで呟くように言った沖田の言葉もちゃんと拾って土方は返事をした。
「どっかの国の言葉ですよ、星かもしんねーけど」
「俺みたいなってどうゆうことだ」
「なんつーか仕事人間?仕事中毒?とにかくこんな時間まで制服を着込んだまま、ぐちゃぐちゃやってるような人のことだそうで」
「ぐちゃぐちゃて何だオイ。大体お前もまだ着てるじゃねえか」
「さっきまで見廻りだったんでィ。でも土方さんは今日の午後は非番だったはずでしょう?山崎が言ってましたぜィ」
沖田は首元から白いスカーフを引き抜いた。
「非番でもやることは山積みなんだよ、残念ながらなあ」
「そいつはいけねえなァ、人間、抜くときは抜かねえと息が詰まって死んじまうってラーメン屋の親父からさっき聞きました」
「オイ、お前さっきまで見廻りだったんじゃねえのか」
「ラーメン屋見廻ってたんでさ」
「ラーメン屋に攘夷派の目撃情報でもあったのか」
「トンコツ派は一度食うべし、ていう市民情報がありました」
土方は2度目の溜息で返事をした。
「お前がいるから俺がワーカホリックになっちまうんだよ・・・」
「人のせいにしないで下せえ」
「でも現にお前が自分の分のデスクワークをキチーンとやってくれれば俺はとっくにもう床についてるんだ」
そんなに溜息ばっかりついてると幸せが逃げちまいますよ、なんてことはとっくに昔に言ったことがあったので沖田はとりあえず黙った。
「でなんだ、ラーメンが美味かった話がしたかったのか?」
「いや、俺ラーメンは塩派なんで」
「じゃあなんで行ったんだよ」
「たまにはとんこつもいいかなって」
「・・・さっさと風呂入って寝やがれ」
「・・・そうしやす」
「そーしろそーしろ、さっさと行け」
手で追い払う仕草をして土方は煙草を灰皿に押し付けた。
「あとどんくらいで終わるんでさァ?」
「ん?これか?30分くらいじゃねーか」
「じゃあやっぱり付き合います」
「なんだよ、風呂行けよ」
「この時間見廻りから帰った奴らで、混んでるのが目に見えてるんで」
「んだよ」
ぶつくさと文句を言いながらも土方は沖田を追い出そうとはしなかった。

「これ、どうしたんですかィ?」
縁側に吊るされたガラスの風鈴を沖田は指差した。透明なガラスに赤と青で模様が描かれたそれは夜風に吹かれてちりちりと鳴る。
わずかな風でも揺れている。こないだこの部屋に訪れた時にはなかったはずだ。
土方は沖田の指す方向を目で追うと貰った、とだけ言った。
「女ですかィ。ほんと土方さんはモテますねィ」
にやにやと笑いながら沖田が言っても土方は顔色も表情も変えなかった。
「違えよ」
「じゃあなんなんです」
「女には違えないが、お前が思ってるような女じゃねェ。世話になったって旅籠屋のばーさんがくれたんだ」
「ああ、こないだの事件の」
「そうだ」
「つまんねーの」
「女ならお前の方にいるんじゃねーの。誰にも言えないとか言ってたじゃねーか」
「よく覚えてましたねェ、びっくりだ」
「・・・ついさっきの話じゃねーか」
「そうです、言えないんです。この秘密は墓場まで持ってかなきゃいけないんで困りまさァ」
沖田は土方から視線を外し、小さく笑いながら外に目を向けた。またちりちりと鈴に似た音が通る。
「ずいぶん大層な秘密だな」
「だから、これから俺がサボっても見逃してください」
「どこに関係があった今。全然別の話だろーが」
「俺のメンタルはそんな強くないんで」
「じゃあ諦めちまぇ、そんな女。総じて口外出来ないような相手にロクな奴はいねえよ」
そう言って土方は4本目の煙草を吸い始めた。
「そうかもしれませんね」
沖田は自嘲気味に笑った。確かにロクでもない相手だ。土方は実によく分かっている。
「そう思うならやめとけ。お前も痛い目にはあいたくねえだろ、サドだし」
土方は部下の戯言ですらいつでも聞き逃さない。
近藤が率いている限りは真選組の誰に対してもそうだろう。 


だから沖田は誰にも言えない恋をした。
死ぬまで誰にも言えない一人きりの恋をしたのだ。

沖田は顔を伏せて目を閉じた。












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