彼の手は大きかった。
神経質で顔に似合わない繊細さを持ち合わせているのに節だって大きかった。
近藤さんの手も大きく指は太いのだけどそれとはまた違う、「大きさ」だった。
彼とは子どもの頃を含めても数えるほどしか手を繋いだことがないのに、私の記憶には鮮明に残っていて驚いた。
私の手を引くのは姉上か近藤さんの役目だったから。
彼があたたかくて逞しい、力強くて安心するそんな手で私に触れた数少ない優しい記憶だ。

「総!」
怒鳴られて目が覚めた。重い瞼をゆっくりと開くと土方さんが私を見下ろしていた。
日が当たる気持ち良い縁側で転寝をしていた。屯所の私の部屋は西側で午後の光がよく差し込むのだ。
「いい加減にしてくれ」
フィルターを噛み切りそうな勢いで煙草を銜えてイライラしながら言った。
「今何時だと思ってる」
「・・・太陽の感じからして2時過ぎくらいですかねィ」
「正解だ。2時から何か予定はなかったか?」
「・・・見廻り?」
「正解だ。もうお前の代わりに永倉に行かせたぞ」
「あーそりゃよかった、永倉はほんとにいい子だなぁ」
「お前と違っていい子でほんと良かったよ」
私は上半身を起こした。硬くなった体をほぐすように腕を天に向かって伸ばした。
「もう見廻りはいいから、溜まってる書類整理やれ」
「・・・土方さん」
「なんだ」

手を貸して。

ほとんど無意識だった。彼の手が視界に入ったからそのまま告げたのだ。
その大きな手。 
「それくらい一人でやれ、宿題じゃねーんだ」
「違う、そうゆう意味じゃなくて」
「じゃあなんだ」
「そのまんまの意味ですよ」
そう言って私はポケットに突っ込まれた土方さんの右手を引っ張り出した。
記憶通りの手だった。
「なんだよ、お前の遊びに付き合ってる暇はねえぞ」
「夢をみたんですよ、昔の」
「夢?」
「夢です」
私が手を引っ張ったら渋々土方さんも縁側に胡坐をかいた。大きな手を彼に返してあげた。

「ワンシーンだけなんですけど、なんだろうな、いつのだろう」

私はどこかに座ってるんです。膝を抱えて。
もう夕方であたりは暗くなってて、カラスの声が聞こえて、心細くて。
そしたらすごい怖い顔して土方さんが突然目の前にいて。
ああ、怒られる!と思ったら土方さんが私の手を引っ張って立ちあがせるの、帰るぞって。

「ああ」
思い出したように土方さんが煙を吐き出した。
「お前が姉ちゃんと喧嘩して家を飛び出したときだ、それは」
「そんなことあったかなあ」
「あったよ、近藤さんが真っ青になって俺の所にも来たんだ、総がいなくなった!って。トシも一緒に探して、お願い!ていうから嫌々出て行ったんだ。そしたら姉ちゃんは半泣きだし、近藤さんはずっとお前の名前呼びながら、走り回ってるし。お前の家出でみんながパニックなってたぞ」
「・・・全然覚えてない」
「それで俺は神社に行ったんだ。どっか隠れそうな所ねえかなと思って、ガキが行くとこなんてそうないしな、田舎だし」
私は記憶を辿った。村の外れの神社。鳥居がくすんだ朱色でざわざわと森が鳴く神社だ。
「そしたら予想通り、お前はぐすぐす泣きながら神社の裏の大きな木の下でちっちゃくなってたわけだ」
「・・・そっから手を繋いでくれたのは覚えてますよ」
そう言ったら土方さんはそっぽを向いた。
初めて手を繋いだのはその日だ。
帰るぞ、とだけ言って家に帰りつくまで土方さんは無言だった。黙って私の手を引いて夕暮れの道を歩いた。

「なんであの時一番に私を見つけたのが土方さんだったのかなあ、今でも不思議なんでさァ」
「・・・さあな。もう昔話はおしまいだ、仕事にかかれ」
「えーせっかくいい話だったのに」
「えーじゃねえ。やることは山積みだっての」
土方さんは立ち上がり、私に向かって手を差し出した。
「ほれ」
立て、という意味なんだろう。私は素直に右手を出した。
勢いよく私を立ち上がらせると土方さんは手を離して歩き出した。
「今日は手繋いでくれないんですかァ?」
笑いながら背中に尋ねたらアホか、と返された。
土方さんが照れてるのが分かっていたから、それ以上何も言わないことにした。








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